I Am A Bird Now

一曲目が始まって一秒でただ事でないことがわかった。

そのピアノとその声で。

Antony & The Johnsons が2005年頃にリリースしたセカンドアルバム I Am A Bird Now 。

今もそのアルバムを聴きながら文を書いている。

8年前のシロップ漬け*の僕では、たぶんこの良さを理解出来なかっただろう。*Syrup16g中毒の意

だから出会うべくして今出会った。

 

このアルバムを聴きながら人通りが少ない場所を歩いていると世界がとても美しく見える。

肩を寄せ合ってゆっくりと歩いている老夫婦。

光に照らされたやや古ぼけた建物、街並み。

人々が生きて各々の生活をしていること。

世界に溶けてしまいそうな目眩に似た感覚。

 

このアルバムを聴きながら過去を遡る。

10年前のことを思うと少し泣けた。君がいた事。

 

学生の頃は自由が欲しくてたまらなかった。

親や学校や社会通念に抑圧された魂を解放してやりたかった。

自分の理性の力の方が正しいと直感的に分かっていた。

そして自分の事がかなり真面目な人間だとも思っていたが、ほとんど誰にも理解されていなかった。

当時はまだ心理的に微妙な事柄を言語化する能力が足りていなかった。

 

今はあの頃よりもずっと自由だ。

でもなんでこんなにも満足感も幸福感も少ないのだろう。

あの頃欲しかったモノはここにあるはず。

なのに、それどころかこんなにも自分が希薄だ。

 

たぶんきっと永遠に何かを求め続けるだけなんでしょう?

わかってるよ、それでもいいさ。それでも進む。

 

思考は何処へだって飛んで行ける。

もし魂と身体が別れて存在しているのなら、死は怖いものじゃない。