I Better Be Quite Now

 

ブログのタイトルを少しだけ変えた。

「かけがえのない虚ろな日々」は曲のレベルまで昇華出来た。

次のステップを踏もう。

 

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最近はレコーディング手法の事をたくさん考えている。

友達からのアドバイスや検討の結果、いい機材を買ってホームレコーディングすることに決めた。

僕の家は天然の木の床とドア、白い漆喰の壁で作られていて音が良く鳴る。そして周りはとても静かだ。ここならば良いモノが作れる予感がする。

 

今はプラグインを色々探してみているが、それがまた楽しい。フリーのモノはいらないものまで手当り次第ゲットしてしまった。

そんな中で自分の目指す音色がどうやれば出せるかが具体的に見えてきた。

ピアノはトムウェイツみたいな音色にしたいと思っているが、上質なホーキトンキーのアップライトにテープディレイとリバーブを掛けてやることで、結構目指すものに近づいた。

アコギとヴォーカルは今Macと音楽機材が置いてある寝室ではなく、ダイニングキッチン部屋の方が全然音の鳴りが良いことに気づいた。

よってめんどくさいことにDKでレコーディングしながら寝室のMacを遠隔操作する課題が出た。

だが仕事の暇な間にちょっと調べていたら、IPhoneとアプリで容易く可能であることがわかって心の中で小躍りしていた。

 

全体的な音像はエリオットスミスのようにしたい。

アナログテープのような質感。ダブリングボーカルと流麗で柔らかいアコースティックギター。

昨日、彼のギター奏法がカーターファミリーピッキング(変な名前。笑)というスタイルであることを知った。

これがかなりいい。自分の音楽を一段階発展させてくれそう。

 

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今日プラトンの大著、国家を読み終えた。

引越しを挟んだこともあって3ヶ月くらいもかかった。

早く読むことがいいことであることではないが。

今年に入ってたしかプラトンしか読んでない。

未だプラトンの読んでない著もあるけど主要なものは読んだことだし、一旦はここらで止めておこう。

読んでよかった。僕に必要なことがたくさん記してあった。

イデアによる認識論・存在論、正義と徳について、魂の不死についてが特に面白かった。

緻密な理論とそれを裏付ける細かな具体的事例の説得力の強さが素晴らしい。

それが対話論としてわかりやすく纏められていて読む人に優しい。

 

政治とは本来正義に密接に根ざしていなければならない。

僕は現代社会の多様化された価値観の中で政治の中の正義が、いやそもそもの正義があまりよくわからない。

社会福祉の背景にある既得権益、選挙の時だけヘコヘコして民衆に迎合する政治家、自分が得することしか考えない民衆、足を引っ張りあう協同体。

この便利で物質的に豊かな現代社会生活には疑問点が多い。

何が本当に自分にとって必要なのか。何が幸せなのか。何が正義なのか。

 

プラトンはそんな大きな問題に答えの一つを与えてくれた。