いかにして生きぬくか

先週・今週は初沖縄に旅行したり、近所の素晴らしい日本庭園で宴会したりといった日々でした。

写真はガジュマルと僕の影。

幹から生える人の毛細血管のような気根の中、影には骨が映る。

 

僕の中の感傷はさらさらとした心地の良いお風呂のようなものに変化し、ポジティブに感傷に浸れるようになった。

センチメンタルは実は気持ちの良いものだったんだ。

そんな心境の中、センチメンタルバスはセンチメンタル風呂って意味なのではないかと思った。「39℃の~」って歌ってた人達ね。

「悲しみはキレイでキレイは悲しみ。そんな優しさをいつまでも離さない」って歌っている「二つの世界」という曲を3年前くらいに書いている。真理だ。

10年連れ添った半ば愛しい憂鬱はやっと卒業を迎えたらしい。

生き延びれた。

 

それでも僕はこのダークでメランコリックな10年を否定しない。これがあったからこそデカルト的な懐疑の精神を養う事が出来たし、物事の本質を把握できるようになった。

洞察力がついたということですね。

 

僕は子供かもしれないけど、子供の心を無くした大人が子供を不当に叱るんだということを忘れないように肝に銘じておきたい。

僕は僕のこだわりを持って生きていくことが生き方キレイなんだと改めて気づきました。

 

この10年と皆に愛を込めて。