Double

最初はめんどくさいながらも半ば吐き出すように書いていたブログだったが、最近は書く事が趣味のようになってきた。人間ってホント気の持ちようだよなと思う。

 

僕の中には内なる声が2つある。

2つ目の内なる声はおそらく10年程前に生まれたか、もしくは力を増しその声が大きくなって顕在化したかだ。

その声は主に批判の属性を持っていた。

そいつは就活や恋愛や音楽や正しさや仕事のやり方や生き方や「高いモノ」や「高い在り方」に軒並み疑問符を付けた。

その疑問符は当然自分自身にもペタペタとたくさん貼付けられた。

その鉄槌は僕の心を容赦なく打ちのめした。

「お前は悲しい振りをしているんだ」とか「同情して欲しいんだろ」とか「格好つけてるだけだろ」とか「演じてるんだろ」とか言って。その2番目の声は僕の直感を遮った。

 

2番目の声と1番目の声の関係は時期によって良くなったり悪くなったりした。

20代前半の頃は乖離が大きかった。I have been lost myself.

 

2番目の声は今でもあるが、1番目の声と折り合いを付けたと言ってもいいだろう。

僕は自分でこのブログに書いているようなことを本当に考えているのか疑っていたが、そもそも考えたり知覚してなきゃここに書けないじゃんという根本的な結論に至った。

 

そして2番目の声があったからこそ、僕は自分にとって何が高く良いモノなのかを把握することが出来るようになった。

 

僕の好きなイラストレーターの安倍吉俊先生は頭の中に街があるそう。

頭の中の街の中には住人がいてその住人の頭の中にも街があるという入れ子構造で、最終的に全ての住人は最下層の無意識的なところで繋がっているらしい。

 

オノレ・ド・バルザック先生の90編の小説からなる「人間喜劇」では各物語の主要人物が他の物語の脇役となる人物再登場法を使用しており、登場人物数は2000人を越えるらしい。

それだけのキャラクターを頭の中で作っちゃうんだから凄い。スケールがでかい。

 

現在レコーディングしてる作品のヴォーカルは1番目と2番目の声を吹き込む為にダブリングボーカルを採用する。エリオットスミスの影響もあるけど。