パレスチナ

 

7/7には大森靖子さんのライブを観に行った。弾語りだけではなくバックバンドを従えてのライブであって内容は今まで観たものの中でも一番良かった。アレンジもCDよりも断然良かった。彼女はライブの中でここは地獄だと言っていた。きっと彼女にとってはそうなのでしょう。僕の中にだってやっぱりゴーストはいる。でも世界にはもっと深い絶望が存在している。

 

昨日は「PARADISE NOW」というパレスチナで自爆テロ実行犯となる若者の映画を観た。自爆テロをする瞬間に来世(=天国)と現世が同時に見えることから名付けられたらしい。彼らはイスラエルに抑圧され、貧しく将来に希望がない人生を送っているが悪人であるようには全く見えなかった。「ここは牢獄だ」「尊厳のない人生は死と同じだ」「平等な生はなくとも平等な死はある」「地獄で生きていくよりも頭の中の天国の方がマシだ」こんな台詞は日本ではきっと聞けない。イスラムの為に、アッラーの為に、聖地イェルサレム奪回の為にではなく、ただ深い絶望から自爆テロをするようにしか見えなかった。自爆テロをする人の中にだって本来善良な人はたくさんいるんだと思う。そして自爆テロをしてもイスラエルに致命的なダメージを与えられるわけではなく、ただイスラエルにパレスチナ人を殺す理由を与えているだけであると述べられていた。

 

今日は「革命のこどもたち」という元日本赤軍派の最高責任者である重信房子さん、メイさんの母子を描いた映画を観た。房子さんは国際テロリストだと世間的に認知されているが、イスラエルで日本人の手によって起こったリッダ空港乱射事件では明確に関与したとされる証拠はないにも関わらず懲役20年を求刑されているらしい。僕が思うことはそういった世間的に認知されていることに対して疑問を持たずに鵜呑みにすることは真実を見誤る危険があるということだ。情報が蔓延している社会で何が正しいかを見極めるためには情報を吟味して、勉強して、自分で答えを選択する意識を持たなければならないと思う。マスコミはどこまで真実を報道しているかわからない。ネットの情報源もわからない。ならば僕はこの人の言うことだったら信じることが出来るという人を見つけることが良いと思う。友達でもいいし著名人でもいい。信じる人を間違えることは危険であるけどもそこは自分の目を養うしかない。

 

歴史を振り返る上で大切なことは、どの時点から切り取ってその一連の流れを見るかによって大きく見え方が変わってくるということだと映画の中で言っていた。最近報道されているイスラエルとガザの事件では以下のような流れがある。①イスラエル人の少年3人が殺される ②パレスチナの少年が焼き殺される ③ガザがイスラエルにロケットを打ち込む ④イスラエルがガザを空爆し地上部隊まで送り込もうをしている ①で最初に攻撃したのはパレスチナ人なので、イスラエルが反撃することは自己防衛でオッケーだとアメリカは言っている。頭がおかしい。実際には①は捏造されているかもしれないし、もしゼロ番でアラブの要人暗殺という報道されていない事件があったなら一連の流れの見え方は随分変わってくる。実際に過去にそのような偏向報道、捏造があったとメイさんは言っていた。そしてガザとイスラエルの武力差は圧倒的に後者の方が強力なので勝ち目のない戦争の発端となる事件をガザが起こすことは考えにくいとも思う。今現在報道されている衝突ではイスラエル側の被害者はゼロ、パレスチナ側は100人近くの死者が出ているとされている。イスラエルはパレスチナ人を殺す理由を探し、見つからなければ捏造しているのではないだろうか。

 

僕に出来ることは何があるだろうか。ずっと探し続けていくしかない。