468のエッセイブログモノローグ

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19日

at the drive in

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01日

RIVER

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16日

I'm in Honolulu

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30日

Mogwai Atomic

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19日

僕の閉鎖空間

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5月

11日

風になりたくない

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11月

17日

PV完成しました!

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3月

17日

PUNPUN

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01日

嫌な世界

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16日

遠くて深い歪み

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I’m not Japanese

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18日

Mogwai eats Elliott Smith

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03日

Syrup16g

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10日

I'm in Vancouver

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8月

03日

34分

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7月

13日

パレスチナ

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05日

7 / 9

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6月

29日

Into The Blue Again

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6月

15日

悪の花束

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28日

YMST

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17日

Colorful

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09日

NATO

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09日

雪どけの国

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空白の日とピアノ

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04日

追憶は波のように

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Frame 2

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Frame 1

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Life Work

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Double

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JUDEE SILL

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HRCSCP

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Requiem

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この世の光

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あまい

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ドアー

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29日

I Better Be Quite Now

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やおろず

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Closing Time

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27日

星空の下で

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14日

声を失った

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労働と仕事

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30日

Lonerism

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ココロザシ

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スピード

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僕の教祖様方

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クロール

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バベルの木

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28日

2000年前でさえ

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I Am A Bird Now

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水族館のマーチ

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OPENとCLOSE

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冬の散文

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ヘロドトス

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18日

弁証法的世界観

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鳥はうたう

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22日

夢の次の日

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Into the wild

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at the drive in

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RIVER

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I'm in Honolulu

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Mogwai Atomic

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僕の閉鎖空間

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風になりたくない

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5月

09日

当たり障りのない思考

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2015年

11月

17日

PV完成しました!

だいぶ!久しぶりのブログになってしまいました。

 

フランスでテロがあったのにも関わらず、こんな時期にPVを公開するのはどうかと思ったりもしました。でもテロは中東では頻繁に起きています。フランスと中東に対して区別的感覚を持つのは僕にとっては違うなと思い今ここにPVを公開します。

(西欧主観的である「テロ」という言葉も好ましくはないと思っているが、他に適当な言葉が思い浮かばない)

 

前置きはともあれ、やっと初PVが完成しました!!!

今現在は2曲分完成していて、共にyoutubeから検索できるし、このHPのMVページからも視聴できます。

「Into the woods」という曲分は僕が作成し、「かけがえのない虚ろな日々」という曲分はメーカーに作成してもらいました。

両方とも僕の頭の中にある曲、詞のイメージ通りです!

視聴してくれた皆がどちらが気にいってくれるか是非聞いてみたい!

気に入ったらたくさん見て、いいねして、シェアして、周りの人におすすめしたりして下さい!笑

(30過ぎのおっさんのアップが多くて恥ずかしいが)

 

最後に、今回の被害者や家族、知人に哀悼をお祈りします。

 

吉岡

 

 

2015年

3月

20日

Night Eggについて1(表)

とうとうYoruMayuは記念すべき1st album「Night Egg」のマスタリングを終えることができました!!!おめでとう!ありがとう!!

Discographyページを新設しとりあえずアルバム中の3曲をwav形式の良い音質で聴けるようにしておいたので是非お試ししてみて下さい!

 

このアルバムは3つの団子で1串が3本ある3×3の団子トリプル三兄弟形式になっている。

最初の3曲がピアノを含める全てのパートを僕自身のみで演奏したものたちで色とりどり千差万別タイプ。

次の3曲がエリオットスミスの「Eithor or」を意識してレコーディングしたアナログテープアコースティックバンド感が強いもので、狂気も結構注入してみたタイプ。

最後の3曲はピアノ弾語り的な曲→アコギ弾語り的な曲→スパークルホース狙ってたらアントニーアンドザジョンソンズになってました的な落ち着いた大人の曲達!

全体的に言えば(ある意味)紳士的なシンガーソングライター系になっていると自分では思っている。(ほぼ全て自分で演奏してるし)

 

ニルヴァーナのカートコバーンは24歳でネヴァーマインドを作り、チャットモンチーのえっちゃんは22歳で生命力を作り、バンプの藤君は21歳でリビングデッドを作っている。彼らは早熟の天才だ。そしてカートは27で死んだ。

僕は全然早熟じゃなかったけど31歳でNight Eggを作ることができたことに納得ができるよ。数多の想いが熟成されていて、そこから削ぎ落とされた言葉を選んでいる。ちゃんと心の奥深くにあるもの達を。それらは僕の年相応に相応しい。そして僕は死にはしない。この作品はメランコリックだが深いです。

 

YoruMayuは全然知名度がないのでこの作品をどうすれば多くの人に聴いてもらえるか日々悩んでいる。この作品をプレスするのは皆に聴いてもらえるような環境が整ってからにしたい。そのために映画の主題歌か挿入歌に使ってもらいたいな。透明で純粋な映画ならきっとマッチするでしょう!これからは苦手な営業もがんばらなきゃなと思う。俺ももういい歳なんだから自己主張するぐらい出来ないと!そしてジャケット作成も営業も自分でやる。だからこそ血が通った作品になる。晴れてリリースを迎えることが出来たら2nd Albumのレコーディングを開始する。永遠に終わらない闘い。それを今の僕は受け入れることができる。そうやって歳を取っていく。

 

 

2015年

3月

17日

PUNPUN

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2015年

2月

01日

嫌な世界

ISに後藤さんが殺されたようだ。

赤の他人だけれど何故だか胸が苦しい。

日本でおいしいご飯を食べて安穏とした生活を送っていることにさえ罪悪感を感じてしまう。

悪いニュースに世界が浸食されていく。


ISが偽りの正義の下に罪のない人々を殺すことについては諦めと悲しみを感じる。もっともっと大量の血を流しあうまで彼らは止まらないだろう。血を流しあうこと自体が必要なんだ。それこそうんざりするくらいに。もう殺しあいたくないと思うところまで行かないと終わらない。

 

「全力を尽くして情報収集にあたっている」「粘り強く交渉している」と述べているだけの政府が腹立たしい。何も情報がなく動けないから情報が入ってくるのをただ指をくわえて待っているだけなんですよね。粘り強いヨルダンとの交渉の実態なんて特に何の材料もなくただ死刑囚を解放してくれとやんわりお願いしているだけなんじゃないんですか。解放された死刑囚がまた誰かを殺すかもしれないし、ヨルダンのパイロットも相手方に捉えられているから、そこを強く押すことはそもそも出来なかっただろう。じゃあ何か別の手を打つとかをもっと早い段階で出来たんじゃないか。トルコ経由での交渉とか中田コウ教授の提案とかいろいろ他の対策案を記事で見る。

でも結局は何もしなかった。見殺しにしただけにしか思えない。そもそも助けるつもりなかったでしょ。それで「痛恨の極み」とか言っている偽善者がいる。最初から「テロに屈しない為に助けるつもりはない」と言っている方がまだマシだ。


何の罪もない被害者を批判する声がうるさい。



2015年

1月

16日

遠くて深い歪み

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2015年

1月

02日

I’m not Japanese

あけましておめでとう。
年末年始はスペインに行ってきました。
君は美しかったよ。グラシアス!
初ヨーロッパはどこか遠い故郷のような感じがした。日本も享受している西欧文化の発端だからだろうか。最近は自分が日本人的じゃないとよく感じる。I'm 異邦人。その理由を書くと長くなるから割愛。小難しいことを書く気分でもない。エポケーな気分。

2015年の抱負は何はともあれCDをリリースすること!現在はレコーディングが終了しミックスダウン中。何人かのエンジニアにトライアルミックスをお願いして、納得できる作業をしてくれる人を見つけることができた。
ミックスマスタリングはおそらく2末までには終わるだろうか。その後はジャケットと歌詞カードを自分で作ろうと思う。全て完成したら映画かアニメかゲームで使ってくれる場所を探すつもり。この国でもまだまだやることはある。今年も頑張ります!
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2014年

10月

18日

Mogwai eats Elliott Smith

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2014年

9月

03日

Syrup16g

彼らの新譜「Hurt」が発売されて1週間が過ぎた。

僕はずっと彼らを待っていたような気もするし、彼らを結構忘れてしまっていたような気もする。

学生時代はあんなにもシロップ中毒だったのに。

 

大学生2,3年生から非正規雇用時代まで365日のほとんど毎日シロップを聴いてた日々であったと思う。

1stアルバムのクーデターが特に好きで1,000回は聴いたはず。

彼らの曲を聴きながら地面を見つめて歩いていると前からやって来る人達は道を避けてくれた。ただダークに浸っていたかっただけだ。僕の視界はグレーだったし他人の視界も僕と一緒でグレーなんだと思ってた。

 

僕はあの頃本当にお先真っ暗だった。友達みんなが就職活動している中で僕はリクナビにすら登録しなかった。働いたら負けだとは思わなかったが、何をやれば良い人生になるのかわからなかったしやる気もおきなかった。お金を稼ぐ為に生きることが幸せなのかわからなった。働いて結婚することの何が幸せなのかわからなかった。休みの日にどこに行って誰に会えばいいのかわからなかった。

 

シロップはそんな僕の心を歌ってくれてるような気がしていた。

シロップはそんな僕の心を解ってくれてるような気がしていた。

 

最近の僕の音楽の趣味は学生時代の頃とは大分変わっている。

悲しみの狂気フルスロットルなロックは血を滾らせなくなったし、中途半端なセンチメンタルは痛くも痒くもない。

だから「Hurt」をそんなに期待していなかった。

最初に聴いた時はそれほど悪くはないかなと思った程度だった。


だけど、何故か、毎日2,3回も聴いてしまう。

良いところを探してしまう。

でもなかなかしっくりこない。でも聴いてしまう。

そしてシロップメイトと一緒にうちで聴いた。

そしたらいろいろわかった。

このアルバムはSyrup16gの空白と五十嵐隆の孤独の7年が詰まっている。過去の作品に引けを取らない。

彼らは今演奏すべきことをしている。

サウンド面でキタダさんのベースがしっかり基盤にもアクセントにもなっていて、五十嵐さんの歌は以前よりも上手だ。

中畑タイコさんは変わっていない。

 

「イカれたHOLIDAYS」「Stop brain」はメロディの良さとベースの浮遊感が際立ってる。

「生きているよりましさ」は五十嵐さんがシーンから遠ざかっていた6年を痛々しくリアルに歌っている。

「理想的なスピードで」は敢えてのバンドアンサンブルアレンジにしているように感じる。それはバンドで演奏するということを大切に思っての選択ではないだろうか。

「宇宙遊泳」は「翌日」と「scene through」を越えている。

「旅立ちの歌」は今までに全くなかった曲だ。


22日の彼らのライブには当選していて観に行くことができる。

シロップメイトと2008/03/01に行った解散ライブ以来だ。

 

僕は彼らの激しい演奏と五十嵐さんの声を聴いていて不思議と未だに気持ちが落ち着く。シロップ中毒症状は未だに残っているのか。

僕はいつまで変わらずにいられるかな。

 


2014年

8月

10日

I'm in Vancouver

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2014年

8月

03日

34分

 

たぶんレコーディングが終了した。9曲で34分。我ながら潔い。気軽にアルバムを通して聞けるこれくらいの短さが僕は好きだ。

 

長調の曲が多いはずなのになぜか1曲しか明るく聞こえない。笑

でもいいんだ。僕はシリアスなのが好みだから。

長調なのに儚さがある、短調なのに暖かさがある。

僕にとっての陰陽道はそういう両極の狭間の中庸にある。

 

Into the woodsのアレンジをかなり変えた。後半につれてポストロック的な趣向を加え音を厚くした。サザ丸を散りばめた。最近うちにやってきたマトリョーミン(テルミン+マトリョーシカ)のマトミちゃんも使った。かなり面白くなったよ。マトミちゃんは森の中の怪獣が場を沈めるように鳴いている。

 

ソウルメイトからミックス作業も自分でやった方が良いというありがたくも大変なアドバイスをもらってしまった。でも頑張るよ。聞いてくれる人がいるから頑張れる。

 

そういえば4年ぶりくらいにショートカットにした。みんなの驚きようが面白い!!洗髪が楽だし6歳若返ったし極めてたまにキスする時に邪魔だしもう長髪はやめることにする!!!

 

 

2014年

7月

13日

パレスチナ

 

7/7には大森靖子さんのライブを観に行った。弾語りだけではなくバックバンドを従えてのライブであって内容は今まで観たものの中でも一番良かった。アレンジもCDよりも断然良かった。彼女はライブの中でここは地獄だと言っていた。きっと彼女にとってはそうなのでしょう。僕の中にだってやっぱりゴーストはいる。でも世界にはもっと深い絶望が存在している。

 

昨日は「PARADISE NOW」というパレスチナで自爆テロ実行犯となる若者の映画を観た。自爆テロをする瞬間に来世(=天国)と現世が同時に見えることから名付けられたらしい。彼らはイスラエルに抑圧され、貧しく将来に希望がない人生を送っているが悪人であるようには全く見えなかった。「ここは牢獄だ」「尊厳のない人生は死と同じだ」「平等な生はなくとも平等な死はある」「地獄で生きていくよりも頭の中の天国の方がマシだ」こんな台詞は日本ではきっと聞けない。イスラムの為に、アッラーの為に、聖地イェルサレム奪回の為にではなく、ただ深い絶望から自爆テロをするようにしか見えなかった。自爆テロをする人の中にだって本来善良な人はたくさんいるんだと思う。そして自爆テロをしてもイスラエルに致命的なダメージを与えられるわけではなく、ただイスラエルにパレスチナ人を殺す理由を与えているだけであると述べられていた。

 

今日は「革命のこどもたち」という元日本赤軍派の最高責任者である重信房子さん、メイさんの母子を描いた映画を観た。房子さんは国際テロリストだと世間的に認知されているが、イスラエルで日本人の手によって起こったリッダ空港乱射事件では明確に関与したとされる証拠はないにも関わらず懲役20年を求刑されているらしい。僕が思うことはそういった世間的に認知されていることに対して疑問を持たずに鵜呑みにすることは真実を見誤る危険があるということだ。情報が蔓延している社会で何が正しいかを見極めるためには情報を吟味して、勉強して、自分で答えを選択する意識を持たなければならないと思う。マスコミはどこまで真実を報道しているかわからない。ネットの情報源もわからない。ならば僕はこの人の言うことだったら信じることが出来るという人を見つけることが良いと思う。友達でもいいし著名人でもいい。信じる人を間違えることは危険であるけどもそこは自分の目を養うしかない。

 

歴史を振り返る上で大切なことは、どの時点から切り取ってその一連の流れを見るかによって大きく見え方が変わってくるということだと映画の中で言っていた。最近報道されているイスラエルとガザの事件では以下のような流れがある。①イスラエル人の少年3人が殺される ②パレスチナの少年が焼き殺される ③ガザがイスラエルにロケットを打ち込む ④イスラエルがガザを空爆し地上部隊まで送り込もうをしている ①で最初に攻撃したのはパレスチナ人なので、イスラエルが反撃することは自己防衛でオッケーだとアメリカは言っている。頭がおかしい。実際には①は捏造されているかもしれないし、もしゼロ番でアラブの要人暗殺という報道されていない事件があったなら一連の流れの見え方は随分変わってくる。実際に過去にそのような偏向報道、捏造があったとメイさんは言っていた。そしてガザとイスラエルの武力差は圧倒的に後者の方が強力なので勝ち目のない戦争の発端となる事件をガザが起こすことは考えにくいとも思う。今現在報道されている衝突ではイスラエル側の被害者はゼロ、パレスチナ側は100人近くの死者が出ているとされている。イスラエルはパレスチナ人を殺す理由を探し、見つからなければ捏造しているのではないだろうか。

 

僕に出来ることは何があるだろうか。ずっと探し続けていくしかない。

 

 

2014年

7月

05日

7 / 9

レコーディングもやっと終盤に差し掛かって来た。7/9曲を録り終えて。

この調子だと今年中には完成できそうだ。アルバム名も曲順ももう決めてしまっている。

我ながらあまり期待していなかった「モンティセリの黒」という曲の出来がいい。

この曲は馬が走っているような疾走感のある1番からズッシリとした2番にリズムがシフトする。

そのつなぎ目の部分には1拍分のブランクがありピアノだけが空を飛んでいる。

走り幅跳びの助走からジャンプして着地するまでのように。弧を描いている。

どの曲のどのパートも妥協なく演奏している。だからどのトラックも愛おしい。

ヴォーカルも再度録り直した。以前はウィスパー過ぎたのでもう少しはっきりするように多少声を張って。

僕の作るような曲は僕のところにしかないだろう。ラストスパートだ。

 

去年末から毎週ランニングをしていて今朝は10キロ走った。だいぶ体力ついてきたかな。

走り始めて30分くらい立つと「まだ走れる、まだ走れる」という気分になる。ランナーズハイ。

隅田川沿いを走っているとこの先はかちどき橋に向かっていることに気づいた。

7年前に2ヶ月だけ働いたことがある場所が近くにある。僕は当時もよくサボって土手沿いで過ごしていた。

このまままっすぐ走り続けていけば、7年前のあの土手沿いに辿りつけるような気がした。

でも辿りつけはしなかった。なぜならば隅田川沿いのテラスの終点まで走りきってしまったから。

 

あの土手に座っている人影は僕と君と君と君が混ざりあってよくわからないものになっている。

 

 

2014年

6月

29日

Into The Blue Again

最近はAlbum LeafのInto The Blue Againばかりを聞いている 泥臭いドラムがモグワイに似ていて最高だ 「再びブルーな感情の海の中へ」全然元気だけどな 水属性のアルバムが好き ミスチルの深海、Sleepy.abのParatroop、Sparklehorse+FenneszのIn The Fishtank、サカナクションのKikuuikiとか 曲単位だったらもっとたくさん上げられるけど切りがないから略 僕の曲ではBlack GhostとSunny Side Upが水属性だ 

 

孤独になりたいとか一緒にいたいとかはその時々のないものねだりなだけだ その時々の君と僕の距離の伸縮作用 僕は今まで多くのものを求めて貰ってきたがそれを大切には出来なかったことの方が多い それならば僕はもうこれからは求めずに今まで貰ったものをいろいろな人に返していければいいと思った 無い物ねだりのループから抜け出すために 考えることは簡単だよ本当に お前は聖人か 

 

30歳過ぎて童貞は魔法使いだが30歳過ぎて禁欲することは僧侶と言うらしい 一日一回あの子の幸せを祈ってもいいかなと思う 丸の内を散歩することも飽きてきた 僕は恵まれている 生還の赤いカラスは確実に劣化している 誓いのキスは別に撮りたくなかった イラクやシリアに比べてここはなんて平和な世界なんだ! Into The Blue Againの中ではSee In You が一番好き 「君の心の海の中で夢を見ている 奥深くまで沈み込み飲み込まれていく」カットアップなんてまるでマスターベーションなだけだよ 秘密を墓まで持っていけるようになりたい 本当に言いたいことは未だに恥ずかしくなってしまう

 

 

 

2014年

6月

15日

悪の花束

漫画、悪の華が完結してしまった。

粉々に砕けたガラスのような心がキラキラと輝いている物語。

絶望と孤独から垣間見える微かな光を追い求めてしまう。

それは誰でもそうでしょう。

終わり方はあれで良かったと思う。

 

思春期が持っているあの想いの強さ。

その強さが登場人物の表情によく映えていて、その顔を見ると胸が締め付けられる。

僕もあんな顔をしていた時があったような気がする。

隠しきれない表情が素敵だ。

 

大人になるにつれて折り合いをつけていくということ。

それに従って秘密は徐々に薄れていく。

アイデンティティは制服やスーツを着せられて画一化される。

何事もツラい事も自分に言い聞かせるようになる。

ある意味で楽になっていく。慣れていくことで。

でもそれだけじゃつまらないと思う。

 

僕は中村さんが美しい夕日を眺めている心境がわかる気がする。

(でも作品の中で彼女は普通じゃないしわかった気になっているだけかもしれない)

それは苛立ちと葛藤と絶望を越えた先にある諦観でしょう。

自分を殺してと内側で叫んでいた彼女はそれでも世界は廻転し続けてこれからもずっと生きていくんだということを受け入れる。

でもきっと彼女は一生抱えていくんだと思う。

その一生の中での救いはキラキラした思春期の春日君との思い出なのかもしれない。

 

 

2014年

5月

03日

この街で暮らして一年が過ぎました

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2014年

3月

28日

YMST

一昨日はYoruMayu&Sonic&Tripでライブをした 僕は少し舞い上がってしまい歌と演奏が雑になった でもサザ丸の音は最高だったよ 「空白の日」の評判が相変わらずいいのが嬉しい 僕達は2曲づつ交互に演奏する形を取ってみた 最初が僕で次がアキラ&ミスタね たぶんこんなライブはもうやらないんじゃないかな 大学の友達も来てくれてあの頃のようであった そしてこれにはすごい大きな意味があるようで何でもなかった 何でもないようでいて暖かかった 光る魚という曲で「君がいるだけで僕は信じられた 純粋でいられたっけ」と彼は歌っていた 僕は少し目が覚めた気がした 

 

【セットリスト】

 1.寂しさが凍りついてしまう前に

 2.夏の欠片達

 3.二つの鼓動

 4.光る魚

 5.Between the Bars

 6.Say Yes

 7.女神達の湖で

 8.静かな日々を

 9.空白の日

10.永遠に続く終わりの始まり

11.Finding you

12.違う次元の愛の話

 

 

2014年

3月

17日

Colorful

モノトーン一択だった僕の音楽とファッションにも少し変化が見られてきている 最近は薄いピンク グリーン ネイビー ワインレッドは許せるようになったよ 昨日はマユの一日カフェに行きました 3曲しか演奏しないつもりだったけど後半に酔った勢いで5曲(確か?)を追加演奏する2部形式となりました 2部のが良かったと言われた気がする 1部は緊張しちゃったんだよねー指が震えて本当に困る 2部はリラックスして演奏出来た 酔っぱらっててミスったけど ステージの上に立つよりも昨日の2部みたいに皆と近い位置にいて見守られて演奏する方が僕には合っているかなと感じた 曲間で皆と喋りながら演奏してね 楽しかった 僕は宣伝や営業をするのが苦手だし嫌いだ それなのに今後ライブハウスで演奏する意味があるか 自分が好きな人と一緒にライブを共演してその日の夜を作るのはいい だけど知らない人とライブを共演することはどうか 仲良くなりたいと思う共演者はそれほどいないよ これからは新たな自分の演奏場所を模索すべきか 昨日はMCで曲紹介をしてたくさん喋ったでしょう 僕がどれだけの思いを込めてあれらの曲を作ったか!伝わっているといいな

 

【セットリスト】

・第一部

1.寂しさが凍りついてしまう前に

2.Miss Misery (from Elliott Smith)

3.永遠に続く終わりの始まり

 

・第二部

1.Between the Bars (from Elliott Smith)

2.夏の欠片達

3.Say Yes (from Elliott Smith)

4.Into the woods

5.Treeeye

 

 

 

2014年

3月

15日

読書感想文 - ルイランベール

 

ルイランベールを読み終えた感想

 

1.

何かを予言するということは単なる思いつきのような直感ではなく過去~現在~未来にかけての出来事を数学的緻密さをを持って瞬間的に分析することに基づいた直感である 即ち未来に起こる出来事には何らかの理由がありその理由から演繹することが出来る

 

2.

心の透視は一般的な慣習 自信の人生経験 相手の性質と表情 空間の雰囲気を用いて瞬間的に分析することに基づいた直感である

 

3.

普遍はこの世界と精神世界には存在しないが一段高い世界には存在する それは神的なものかイデア的なものなのかもしれない

 

4.

何かある考え方を本で読んだり人に聞いたりして始めて触れた時にその考えは当たり前でそして正しいと思う感覚がある それはその新しく触れたように思える考えを既に知っていたように思うことだ  そもそも当たり前だと感じない思想を正しいと自己認識しないのではないか 既にそれを知っているように思うデジャブに似たこの感覚はイデアによるものか永劫回帰によるものなのだろうか

 

 

 

 

2014年

3月

15日

サザ丸 プラネタリウム

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2014年

3月

09日

NATO

暫くはライブをするつもりがなかったんだけど今月は2本も決まりました 来週日曜はMAYUが企画している1日カフェ(たぶん個展も兼ねてる) 26日は2年前に僕がライブ活動をするに当たって始めて出演した六本木のBrave Bar 当時久々にライブをするのでなけなしの勇気を振り絞ったことを思い出す 後者をすることを思いついたのは似たような思想を共有するソウルメイトのアキラが4月からバンクーバーに行ってしまうから 前々から彼と一緒にライブをしたいと思っていたが今やっとかないと最低1年は出来ないので急いで決めた 2回とも弾語りだけど僕も大分カーターファミリーピッキングが板についてきて良いものが見せられるかと思う 2年前に比べれば成長している そう思えるだけで音楽やってて良かったと思える 今読んでいる小説集「神秘の書」の「ルイランベール」(著バルザック)に次のような一説があった 「栄誉なんてものは神格化された利己主義である」 本当そうだと思う 名声を求めたり女に持てたいが為に音楽やるなんて全く美しくない それに不純な動機じゃ自分が満足できないだろうしいつか辞めてしまうでしょう 動機はシンプルに「音楽やりたい」「作品作りたい」が1番健全だよ そんなことをこの前アキラと話した 彼の曲「存在の耐えられない軽さ」のPVにもジャンキー役で出演した笑 気違い的な描写はなくあくまで淡々とした現実的な光景 完成が楽しみ レコーディングは撮り直しをしたらだいぶ迫力のある音が録れた やっとコツを掴んてきたかな 明確なあるべきがもうそろそろ見えてきそうな気配がある 少し春の気配も感じてきたね 寒いのマジで苦手なので早く春来て欲しいけど花粉症はツラいし冬のピンと張った澄んだ空気はやっぱり好きです 今日はこれからアメリカスペインジャパンの多国籍部隊で飲みに行ってきます

 

 

2014年

2月

23日

DEMO音源をUPしました

DEMO音源2曲をとある事情でアップしてみました。

SoundCloudという音楽SNSサイトにです。

 

本当に丹誠込めて作っているので、是非聞いて欲しいです。

アコギ、エレキ、アコピ、エレピ、オルガン、ドラムとそのライド・シンバル・キック、アコースティックベース、ストリングス等も全て自分で演奏しました。音色もこだわり抜きました。ミックスも立体的になるよう頑張りました!

 

Musicタブを新設してSoundCloudへのリンクを貼っておいたので、是非聞いてみて下さい!よろしくおねがいします。

 

468

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年

2月

09日

雪どけの国

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2014年

2月

08日

空白の日とピアノ

雪の降る日はなんて静かなのでしょう。

まるで時間が止まってしまったかのよう。

 

暖色の照明と優しいオイルヒーターとピアノソロを感じながらこの部屋に守られている。

 

最近家ではピアノソロばかりを聞いている。

心友から借りたNils Frahmというアーティストの「screws」。

Elliott Smithの曲をピアノのみでアレンジしたトレビュートアルバムである「Home to Oblivion: Elliot Smith Tribute」By Christopher O’riley。

2年前にものすごくはまったそれはそれは美しいゲーム、ニーアレプリカントのサントラ「Piano Collections Nier Gestalt & Replicant」。

 

癒される。。

 

ここは暖かい。外の世界はまるで死に絶えてしまったかのよう。あの空白の日と同じように。

 

あの日あの狭い部屋で僕はベットにもたれて一人虚無だった。世界は閉鎖されていた。僕はnothingだった。会える人も会いたい人もやりたい事も生きる意味も何もかもが無かった。そんな虚無の中にいたら、いつの間にか窓から光が射し込んできた。冷たく穏やかな終わりの光。そして外の世界は崩れて行くような気がした。それは現実か空想か、今ではよくわからない。ただ僕は今もそれを思い出しては感じ、それを美しい光景だと思っている。その思いを昇華して「空白の日」という曲を書いた。

 

今日もまるで外の世界が崩れて行くような感じがする。目を閉じれば。降り積もる雪と共に剥がされ崩れて溶けて消えていくような。そして意識すらも。あの時の気持ちの一部は溶けずに今も残っている。愛も影も。

 

犬は庭を駆け回り、猫はコタツで丸くなり、子供は元気にはしゃぎ回る。雪の暖かさ。暖かな孤独に痛みは伴わなくなった。虚無とはとっくにサヨナラしている。

 

今日から四連休。確定申告の準備とレコーディングと読書と映画鑑賞とやることは山積みなのです。

 

でももう少しピアノを聞いてゆっくりしていよう。

 

 

2014年

2月

04日

追憶は波のように

一昨日は「追憶は波のように」というイベントに出演しました。

一曲目は夏の浜辺から海の中へ潜って行くイメージの曲「Sunny Side Up」を演奏した。「君の待つ海の中へ」と歌っている。

軽快さの中に気怠さがある曲で2分程度の短さで最近のお気に入りです。

僕は日光がちょっと苦手なので、真夏の昼間の海で彼女と過ごした思い出はないです。

だから完全に妄想でこの曲を書きました。笑

 

―――

 

今回のライブの日は気持ちを引き締める為に午前中に教会のミサに行きました。

年末からミサには何回か通っているんだけど。

その日はミサの後に聖餐会というのがあってそこではイエス様の血肉である1欠片のパンとほんの少しのワインが与えられる。僕は洗礼を受けていないので与えられなかった。少し疎外感を感じた。

明らかに未成年の子もワインを飲んでいて「あー大丈夫なんだ」とバカみたいに感心してしまった。

当たり前です。本質は信仰であってそこに日本国憲法なんて野暮なものは介在する余地がないのです。なんか改めてそんなことで感心してしまった自分が情けない。社会通念に毒されてるわーー

 

去年末には教会で神父の見習いの方と少し話をした。

物腰が柔らかくて優しかった。僕にミサの進み方や聖書や賛美歌などの案内をしてくれた。

何故洗礼を受けたのか、何故神父になるのかを尋ねてみたら「なんとなく」と言っていた。

今の僕はその気持ちがとても良くわかる。それはきっと導かれているとか霊感だとかインスピレーションだとかイデアだとか言うのです。僕も同じ理由で曲を書いて歌っている事を話した。

 

彼に会ったミサでの聖書朗読の題材は「真理」だった。僕の好きなジャンルの話。形而上学が好きです。

超要約すると「真理は人の内側から生まれでるものではなく主イエスキリストが与えるものである。なので人は真理を自分で発見したなどと驕ってはならない」であった。

僕はそれには100%の賛同は出来ない。まだ僕は自分自信で真理を見つけ出せるものだという意識がある。哲学などを通して。だから僕はキリスト信者には今はまだなれない。洗礼はまだ受けない。ミサに毎週行く程の敬虔さもない。

でも自分がそう感じていることに対して申し訳ないなと感じる。

それは主に対して申し訳ないと感じるのだと思う。だから僕は心の奥底では神様を信じているんだと思う。

 

僕は彼に上記のようなことをかいつまんでもっと柔らかく簡単に話した。彼はちゃんと理解してくれた。

彼は今年の頭からアメリカの神学校に通うそうだ。

連絡先を聞いたのだけれどまだ連絡していない。縁があればいずれ再び会うだろうからそれでいいかなと。

僕もいつか自分が彼と同じ道を進んでしまうのではないかと内心ちょっと怖い。

 

―――

 

今回のライブはドラムにミッキーを迎えて始めて3人で演奏した。

内容は良かったと思う。ちょいちょいミスったが。

ちょいちょいミスってなかったら動画をUPしたかったんだけどなーー

でもやっぱりリズムが入ると楽しいし気持ちがよい。ミッキーいい奴だし。シオンのドラムのキックが格好良い。練習では僕が映画監督気分でこうしてって言ったことを二人とも組取ってくれて有り難い。それだけじゃなくてこうした方がいいって意見もちゃんと言ってくれるし。

あーー3人で写真を撮っておけば良かった。残念。

 

あとはライブの中では一曲Syrup16gのセンチメンタルをコピー弾語りしました。自分の曲よりノレた感じがちょっと複雑。笑

 

次回のライブはちょっと休んで6月頃にするつもり。レコーディングに時間を費やしたい。

あっでも3月16日にマユちゃんが一日カフェやるらしいんでちょっと歌わせてもらうかも。

興味ある人はコメントかメッセージを下さい。

 

最近はブログの更新が少なくてすいません。

でも読んでくれている君にありがとう。

ちょいちょい覗いて下さい!

 

【14.02.02 セットリスト】

1.Sunny Side UP

2.Into the woods

3.暗い魂に耳を傾ければ

4.カイネ

5.空白の日

6.センチメンタル(Syrup16gコピー)

7.シオン

 

468

 

 

2014年

1月

18日

Frame 2

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2013年

12月

25日

2013年最後のライブを終えて

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2013年

12月

15日

YoruMayuは資本主義を超克します(第一歩)

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2013年

11月

17日

シリア騒乱について

昨日は現在も続いているシリア騒乱のドキュメンタリーに基づいた舞台「息をひそめて」を観ました。

シリアの騒乱はもう2年半ほども続いており舞台の中に出て来た映像では僕が今までに観たどんな戦争映画よりもぼろぼろになっている街が映し出されていた。

 

僕はチュニジアのジャスミン革命から始まるアラブの春を関心を持ってチェックしていたけれど長過ぎるリビアの内戦からさらに長過ぎるシリアの内戦で徐々に関心が薄れていっていた。

ネットのニュースを観ていても政府側がどこどこで虐殺したとかイスラム原理主義のグループがどこで虐殺したとかで何が正しい情報でどこの勢力が正しい勢力なのかもよくわからなかった。

ただ漠然とアサドが悪だとは思っていたけど、100%の悪なのかわからなかった。

 

シリアでは騒乱当初から活動家に対する拘留・拷問が行われていた。

そんなのよく聞く話だと思ってたが、実際に目の前でみる激しい暴力は舞台でも胸が痛くなった。

僕は本当に想像力に欠けていた。

ある夜に母親と娘がモスクから祈りの声が聞こえてきたのに対して自分達も窓辺に立ち、アラーアクバルと祈りを唱えた。次の瞬間娘は政府側のスナイパーに射たれた。娘は死んだ。

母は復讐の為だけに生きる人になった。漫画とかでよくある話だ。それは実際に起こっているんだよ。

僕は本当に想像力に欠けていた。

 

国は本当は国民を守らなければいけないのにアサドの政府側は一般市民を平気で殺害する。

それで自分はTVで知らぬ存ぜぬと言う。狂っている。

テレビは国営のみの1チャンネルで情報は制限されている。

被害のない一般地域の人はどんな虐殺が行われているかを全くわかっていないので変わらずに現政権のアサドを支持する。そんな支持者をマスコミが取り上げる。第三者の目からも真実がわからなくなる。

 

シリアの活動家も一般人も難民も早く内戦が終わってくれることを今まさに願っているが、その為には他国の、国連の介入が必要だ。

なのにロシアと中国は拒否権を発動して自由シリア軍への軍事支援を中断させた。

シリアの人達には絶望しかない。

ロシアは対米関係(ようは国のメンツ)や自国内の民族問題に干渉されたくから他国にも干渉しないという理由らしい。そんなものはおかしい。困っている人のことをまず第一に考えて助けなければならない。メンツなんてどうでもいい。

フランスやアメリカも一時介入を予期したが、自国の経済状況や自国民の豊かさの方が失われる命よりも大事だとジャッジした。本当におかしいと思う。

シリアの人達には絶望しかない。

 

僕はこの内戦が本当に早く終わって欲しいと思う。

まだそのきっかけすらも見えていない。

偽善のつもりはないが何もしない方が偽善よりもなお悪いと思った。

行動しても結果がでなければ意味が無い。が、行動しなければ結果はついてこない。

 

何か出来ることを探したいと思っていたらシリアの平和を願う署名を見つけた。

 

みんなも署名をお願いします!

 

キャンペーン|シリアの平和を願う署名に協力して下さい!

http://www.change.org/ja/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%B3/%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%B9%B3%E5%92%8C%E3%82%92%E9%A1%98%E3%81%86%E7%BD%B2%E5%90%8D%E3%81%AB%E5%8D%94%E5%8A%9B%E3%81%97%E3%81%A6%E4%B8%8B%E3%81%95%E3%81%84?utm_campaign=new_signature&utm_medium=email&utm_source=signature_receipt#

2013年

11月

15日

Frame 1

 

YoruMayuHPをオープンして早一年が過ぎた。

「何か」アニバーサリー的なことをしたかったんだけれど、何も思いつかなかった。残念。

 

HPをオープンした日は母親の誕生日だ。

僕は彼女が嫌いだった。

今でも好きではないし、苦手だ。

僕はそれを反骨精神として昇華してやろうと思いを込めた。

 

でも今はやはり僕と母と似ているんだと気づき始めてきた。

 

―――

 

此処に越して来てからもう半年が経った。

暮らしは安定していて時間が経つのが早く感じるようになってきたと思う。

 

以前に暮らしていた街ではお店が多すぎてどこに愛着を持てばいいのかよくわからなかった。

が、この街は店も人も多くないので人の顔がちゃんと見えるような気がする。

出来ればなるべくコンビニのレジ打の定員さんとでもちゃんと目を合わせた人間的な応答をしたい。

(でも不清潔・不摂生な人は嫌)

 

通っているカイロの先生が近所の良いお店をいろいろ教えてくれる。

日本で最初のカレーパンを作ったカトレア、いつも行列の出来るハンバーグ屋のモンブランなどなど。

僕はいつも一人で行くけれどたまには誰かと一緒に行きたいなと思う。

 

―――

 

多くの辺り障りの無い会話には本当に意味が無い。

僕はなるべく、ちゃんと、僕の大事なことを話したい。

 

そういう人とずっと付き合っていきたい。

 

2013年

10月

30日

レグルス、最後の光

今日はターナー展に行ってきた。

前回美術館に行ったのはゴッホの糸杉が来た時だから約1年ぶり。

フェルメールもダヴィンチも行きたかったんだけど気づいたら終わっていた。笑

 

平日だから空いてるかと思いきやお年寄りで多少混雑していた。

序盤はあまり心の琴線に触れるものはなく周りが気になったが、中盤以降は作品の力強さが増しぐいぐいその世界に引き込まれていった。

(序盤から後半にかけて作品の年代が上がっていく展示構成。年を取るにつれて作品の質は向上していく)

 

印象に残る作品は幾つもあったが、特に深く思いの強さを感じさせる作品が3つあった。

1.レグルス(僕は自分の中で勝手に副題「最後の光」をつけた)

2.ヴェネツィア、嘆きの橋

3.平和 -水葬-

 

ちなみに上記は良かった順ではなく閲覧順。

作品の解説はネットで散見される為、略。

(僕は解説よりも感想を書く事が大事だと思っている)

 

ターナーは主に風景画を取り扱っているが、その作品を観ているとこの世界は実はとても美しいんだということを教えてくれる気がした。

大きい作品を前にじっと観た後、目を閉じると絵画の世界の中に入り込むような気持ちになれた。近代ヨーロッパの中へ。

彼はまた海と船を描くのが非常に上手かった。緻密なマストと船体の配下には油彩によるダイナミックな波があった。

そのバランスが絶妙でとてつもなく技量が高いことが僕でも理解出来た。

彼は水彩画の作品の方が多く描いているが僕はやはり油彩が好きだ。迫力がある。彼の場合、その中に繊細さもある。

ゴッホの厚く太いタッチがとても好きだったが彼の緻密さとダイナミクスのバランスも勝るとも劣らないくらい好きになった。

3枚も非常に感銘の受ける作品があればもう立派なファンですね。

 

ターナーは風景画の題材を探す為にヨーロッパを幾度も旅したそう。

特にイタリアに感銘を受けていたようで、それはルネサンスの国だからだ。

ルネサンスを日本語にすると文芸復興で古代ギリシア・ローマ芸術の復活運動を意味する。

芸術はそうやって遡っていく。そしてそこから新しい何かを見つけられた人がターナーやゴッホだ。

僕もアコギを片手に旅をしてみたい。僕なりの何かを強くしたい。

 

失明寸前のレグルスの光は本当に美しかった。最後の光と風景は心の中でここまで昇華されるんだと。

水葬の重たく濃い船の影は世界の透明な空の美しさに際立ちながらも深い悲しみを感じ、心に訴えかける力があった。

それはひょっとしたら人間と自然の摂理に対する諦めなのかもしれない。

最後の作品は湖に落ちる夕日の模様でそこに線は無く多少曖昧で暖かい光と色があった。

世界をこんな風に見れるようになるのなら、老いて死んでいくことも怖くないのかもしれないと思った。

 

2013年

10月

25日

安定した暮らしに老いていくだけの自分ならいらんのだ

タイトルはミスチルの「タイムマシーンに乗って」の中の歌詞。

久しぶりにこの曲を聞きながらブログを書いている。

リフがタイムワープを表現しているんだと改めて気づく。

そう、僕はこの歌をずっと大切にしてきた。

大学生の頃も、社会人になってからも。

 

少し前までは安定した生活を送るくらいなら死んだ方がマシだくらいに解釈していた。

今は、努力・変化・進化がそれだと思う。

それは君が教えてくれていた。

 

僕は元々は省エネ人間で。

だからこそ変わらない普遍が欲しかった。

変わらずに済めば楽だから。

 

人間は物事を相対的にしか認識できないと知った時、

僕は人間がつまらないものに思えがっかりした。

所在なく、心細くもあった。

この世界に絶対はないのか。

普遍はないのか。

変わらない真理はないのか。

何が正しいんだと。

 

心変わりしてしまうものなんだ人は。

僕はこの歳になってやっとその健全さを知った。

 

循環することの。

 

2013年

10月

18日

アダルトチルドレン

幼い頃の家庭内に不和がありストレスやトラウマを抱えたまま成人を迎えた人をアダルトチルドレンと呼ぶのだということを最近知りました。

ミスターチルドレンに比べると大分響きが汚いですね。

 

自分に合わない場に行く事も2回までは許容する事にする。

退屈でもチャンスがあるかもしれないから。

チャンスが実らなくてもそこまで期待してないからそんなにダメージないし。

僕は相手が何を言って欲しいかを結構感じているつもりだからむしろコントロールしてもいいとも思う。

やろうと思えば取り繕うことくらい出来るし、その中でも毅然としていられる。

低いものに合わせたくない。

Don't let me depressed.

 

僕の友達を僕の別の友達と引き合わすことは面白い。

それがコネクションの本質ですね。

 

同僚にラッキーになってもらいたい!

 

2013年

10月

13日

Life Work

昨日のライブではたくさんの新しい試みをした。

 

1.新曲を2曲

2.一人で弾語り

3.エレキを使用

4.曲中にアコギからエレキに持ち変える

5.既存の幾つかの曲の構成とキーを変更

6.MCの努力

 

新しいことをするとその分課題も増えるんだということを思い知った。

特にエレキ導入によるところが大きい。

慣れないセッティングや機材トラブルで焦ってしまいなかなか調子を掴めずミスや荒が多かった。

エレキとアコギの音量差もどうにか埋めなくてはならない。

アコギもマイクではなくラインにするしかないか。

 

エレキの導入は方向性的には間違っていない。

YoruMayuの音楽はよりわかりやすいものになっている。

そういうことを共演者やAPIAスタッフにも言われた。

永遠の課題は精度。

 

新曲は気持ち良く歌えた。

Voの調子が良いのが嬉しい。

 

12月でリベンジする。

音楽は僕のライフワーク。

精進あるのみ!

 

【セットリスト】

Sunny Side Up

暗い魂に耳を傾ければ

夢の成れの果て

永遠に続く終わりの始まり

シオン

ブラックゴースト

Into the woods

 

2013年

10月

06日

キリエ・エレイソン

「Kyrie eleison」

「キリエ・エレイソン」

。。

僕が使うと中二っぽくて残念。

キリスト教徒じゃないのにインスピレーション頂いちゃいました。

ジュディシルの辛さや救われたさが強く伝わってくるかのよう。美しい曲だ。

 

今日は自分の身体の声がとても良く聞こえる日。

ストレッチをしていたら数を数える必要がないのに気づいた。

どれくらいの時間が適切なのかは身体が「もう伸びてるよー」って教えてくれる。

 

半年くらい続けている瞑想も新しい方法を発見した。

音楽瞑想。

ジュディシル・メディテーション。

。。

中二っぽい。。

 

ジュディシルのHeart Foodというアルバム聞きながら瞑想していたら、凄い気持ちが良くなって、こめかみが疼き脳から変な物質が出てる感じ。

眠くなって頭が垂れ、手の印はだらしなく崩れたけれど、そもそも瞑想はリラックスの為に行うものだから問題なし。

普段の無音瞑想でここまでの状態になれたことは一度も無い。

音楽瞑想は自分に合ってるんだな。

ハートフードおいしく頂きました。

 

この感覚を忘れたくないから敢えてここに書いておく。

 

今日は今から御茶の水行ってスターゲイザーをメンテしてもらう。

来週のライブはエレキも使います。新しい試みが楽しみ。

 

 

2013年

10月

04日

Double

最初はめんどくさいながらも半ば吐き出すように書いていたブログだったが、最近は書く事が趣味のようになってきた。人間ってホント気の持ちようだよなと思う。

 

僕の中には内なる声が2つある。

2つ目の内なる声はおそらく10年程前に生まれたか、もしくは力を増しその声が大きくなって顕在化したかだ。

その声は主に批判の属性を持っていた。

そいつは就活や恋愛や音楽や正しさや仕事のやり方や生き方や「高いモノ」や「高い在り方」に軒並み疑問符を付けた。

その疑問符は当然自分自身にもペタペタとたくさん貼付けられた。

その鉄槌は僕の心を容赦なく打ちのめした。

「お前は悲しい振りをしているんだ」とか「同情して欲しいんだろ」とか「格好つけてるだけだろ」とか「演じてるんだろ」とか言って。その2番目の声は僕の直感を遮った。

 

2番目の声と1番目の声の関係は時期によって良くなったり悪くなったりした。

20代前半の頃は乖離が大きかった。I have been lost myself.

 

2番目の声は今でもあるが、1番目の声と折り合いを付けたと言ってもいいだろう。

僕は自分でこのブログに書いているようなことを本当に考えているのか疑っていたが、そもそも考えたり知覚してなきゃここに書けないじゃんという根本的な結論に至った。

 

そして2番目の声があったからこそ、僕は自分にとって何が高く良いモノなのかを把握することが出来るようになった。

 

僕の好きなイラストレーターの安倍吉俊先生は頭の中に街があるそう。

頭の中の街の中には住人がいてその住人の頭の中にも街があるという入れ子構造で、最終的に全ての住人は最下層の無意識的なところで繋がっているらしい。

 

オノレ・ド・バルザック先生の90編の小説からなる「人間喜劇」では各物語の主要人物が他の物語の脇役となる人物再登場法を使用しており、登場人物数は2000人を越えるらしい。

それだけのキャラクターを頭の中で作っちゃうんだから凄い。スケールがでかい。

 

現在レコーディングしてる作品のヴォーカルは1番目と2番目の声を吹き込む為にダブリングボーカルを採用する。エリオットスミスの影響もあるけど。

 

2013年

9月

29日

いかにして生きぬくか

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2013年

9月

14日

JUDEE SILL

 最近は洋楽のアコースティック系の音楽ばかりを聞いている。

エリオットスミス、トムウェイツ、キースジャレット、アントニーアンドザジョンソンズ、ジュディシル。彼らの音楽は暖かくて柔らかく、切なくて癒される。

 

トムウェイツとキースジャレットは夜に聴くのが適している。

トムウェイツは場末のバーの喧噪の後に残るほろ苦い切なさがあり、キースは静かな夜に穏やかで微かな光を与えてくれるイメージ。

エリオットは何時聞いても最高で僕の目標。

アントニーは景色を鮮明にしてくれる働きがある。

 

一番最近知ったのがジュディシル。

僕は今まで女性のミュージシャンは感情移入できなかったりする為にあまり好きな人がいなかったんだけど、彼女は非常に素晴らしいです。

彼女の音楽は明るい昼間、特に休みの日に聞くのが適している。

休日起きた後に二日酔いが残る頭でアルバム一枚通して聞かないと全然動く気が起きない。

彼女が一番癒される。

 

その音楽は軽やかなリズムのアコースティックギターからバッハの影響を受けたらしいバロック式の旋律への劇的だが非常に調和の取れた転調やアレンジがある。

それはとても神聖であるように感じる。

彼女は幼い頃の不遇な境遇により、道を踏み外してしまったらしい。

その詩は自らが救いを得んが為のキリスト教的な贖罪の祈り。

その祈りはとても優しくて全く押し付けがましくない。

最後はドラッグの過剰摂取によるオーバドーズで昇天してしまった天使。

 

めっちゃお勧めだからこの動画見てほしい!

http://www.youtube.com/watch?v=Jp1qAh4n128&list=LL7jZdKU-OJANa9xf8mJnEdw&feature=mh_lolz

 

 

僕の仮初めだったものは本物になってくれた。

 

 

2013年

8月

30日

HRCSCP

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2013年

8月

24日

South of the Border,West of the Sun

午前中は薄いレイヤーが幾層にも織り重なったような隙間のない静かな雨が降っていた。

薄暗い部屋の中で村上春樹の「国境の南、太陽の西」をおそらく10年ぶりに再び読み終えた。

 

一人っ子が主人公の作品で当時は自分のことを言い当てられたみたいに感じ、とても気持ちが揺さぶられた。

今もシンパシーを感じるがそれは誰にでもある当たり前の事であり、普遍的な事柄を上手に取り扱っているんだという事の方が強く感じる。

 

僕は高校生から大学生の半ばまでは自分の心の純粋さを自覚し大切にしていた。

当時はその純粋さが逆に気恥ずかしく、ウィークポイントにも思え対外的には隠して過ごしていた。

表面的には確かにガサツだったし、一般的に悪いとみなされることもたくさんした。

が、自分は本質的には優しい人間であると思っており、一般的には悪いとみなされることをしていてもそこに自分なりの正義があると思っていた。

(何も考えていない、考えが足りなかった事も多くあったと思うが)

そして自分を悪や害や不誠実をなすある一線を越えることが出来ないことも自覚していた。そのため自分が臆病でつまらない人間であるとも思っていた。他人を傷つけることが怖かった。

 

だが恋愛は違った。恋人を傷つけ、同時に自分を傷つけることになっても安定に留まる事は出来なかった。

好きではない人と一緒にいるのは生理的にもしんどいし、自分の中で紳士的だとも正しいことだとも思えなかった。

僕は当時そういう考えを相手に伝えるだけの力もなかった。

彼女に対して何かを尋ねてもいなかったかもしれない。彼女の気持ちなんて全然考えていなかっただろう。

自分から付き合ってと言って、自分から別れると言う身勝手さに嫌気がさしていた。

 

そうやって幾つかの恋愛を経て自分の傲慢さ・残酷さ・汚さに気づき、自分は決して純粋な心を持つ人間ではないことを知った。

それを知って僕は辛かったし、自分の中の何を信じれば良いかもわからなくなった。

心とは反対に身体は女を求めていたが、生来的に軟派なことは出来なかった。単に恥ずかしかったからだ。

シャイな気質のおかげで自分をもっと低いところに追いやるのを押しとどめることは出来たが、孤独と自己嫌悪の闇は濃くなっていった。

転換期が訪れるまでは。

 

最初から純粋さなんて信じてるだけその分自分が馬鹿だったわ。(それともひょっとしたら誰もがそういう時期を通過して捨ててきたの?)

たぶんみんなはもっと早く社会とか人間生活や人生ってものをわかってたんだよね。

歳を取れば男女共に多くの人が welcome になっていき、そのドライさが正しく?自然であること。

多くの人が家庭を営みながら、娼婦の下を訪れること。

永遠に続く恋愛はないのだからそれもしょうがない。

 

でも純粋さを求め、葛藤を越えていなければ、人としての深みはないんじゃないかな。

 

村上春樹の作品は9割くらいは読んでると思うが多くを忘れてしまった。

要点を掴む読み方をすれば大分早く読める事がわかったし、またいろいろと読み返してみよう。

何かを思い出し自分の変化を確かめることが出来る。

 

 

2013年

8月

12日

Requiem

Thank you who came our LIVE yesterday.

I can still fight against dullness.

Coz, you are supporting me.

 

先祖の霊に会う予定もなくお盆休みの始めにライブをした。

僕の曲は僕の魂を沈める為だけのレクイエムであるような気がしている。

 

畳の感触や縁側の風景、和室に親戚一同が集まっていたことを懐かしく思う。

母や祖母や叔母達はくるくる働いていた。

父や祖父や叔父達は陽気だった。

僕は酔っぱらった大きい声を出す大人達を見ていても退屈だった。

賑やかな夜は影も色濃く映していた。

眠れなかったし喘息は辛かった。

 

祖父母と叔父が亡くなった時は確か13,15と23の頃だったが純粋に悲しむことは出来なかった。

かわいがってもらっていたのに。

先天的に冷たいのか、家庭内の不和の影響なのか。

ごめんね。俺は元気にしているよ。

 

久々に実感として思い出した。

そう、たぶん思想の中心は人間が生きている意味がわからないことだ。

今は自分を鍛えることが美しく生きることであり生きる意味だと思う。

ただ長い間、切実に自分を含める人間の生きている意味がわからなかった。

 

楽しむため?食べるため?セックスするため?歌うため?情報を得るため?お金を稼ぐため?子供を作るため?名誉を残すため?知識を得るため?檻のような結婚をするため?永遠に続かない恋愛をするため?年を取るため?死んでいくため?

 

安息の時は眠っている時しかなかった。

眠りにはアルコールが必要だった。

 

僕はちゃんとそういうことを考えて、それを乗り越えることが出来たよ。

 

昨日の夜は気持ち良く歌えた。

夏休みはまだまだ続く。

 

I'm feeling summer after a long time.

I'm enjoyed now!^^

 

 

2013年

8月

04日

この世の光

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2013年

7月

21日

あまい

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2013年

7月

08日

ドアー

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2013年

6月

29日

I Better Be Quite Now

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2013年

6月

17日

やおろず

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2013年

6月

10日

Closing Time

 今月でYoruMayuは結成一周年。

ようやく曲のアレンジの幅が広がり始め、スピード感も出てきたかなと思う。

次回のライブは8月(日付未定)で暫く空くので、レコーディングをしようと思う。

まだまだ思い描いている音楽にはほど遠いけれど、ここで一度経験もかねてトライしてみる。

そしてドラムを練習しようと思う。レコーディングで叩きたい。

明日は体験レッスンに行く。続ける為に敢えてここで宣言。

 

———

 

一昨日はライブだった。

高揚の中、頭の芯がピンと張っていて良い精神状態だった。

演奏中はマイクとヴォーカル、マイクとギターの距離感で遊んだ。一歩下がれば音は小さくなり、一歩近づけば音は大きくなる。

オンマイクではウィスパーボイス、声を張る時はマイクから少し離れる。

ギターもピアノに埋もれてしまう部分ではかなりマイクに近づけて弾いた。PAさん的に問題なかったのか気になる。

 

他には共演者の演奏レベルが高く刺激になったことが大きい。

ロキノン系ミュージシャン(と一括りにしてごめんなさい)の平均よりも大分うまいのでは。

ギターをもっと練習しなきゃと一人の共演者と苦笑い混じりに話をした。それでも音楽はテクだけではない。

 

そして一昨日はYoruMayuは結成一周年で僕に取って20代最後のライブ。

MCをいろいろと考えていたんだけれど、考えていた事の半分も話せなかった。ステージの時間は短すぎる。

 

別に格好つけてステージ上でなくても適切な時に思いを話せばいいか。

この限られた小さなコミュニティや愛すべき人達の前では。

でも居酒屋は静かな居酒屋がいいな。


 ここが閉じた狭い世界だとしても、親密な時間を過ごせたらそれでいい。

 

【セットリスト】

1.かけがえのない虚ろな日々

2.モンティセリの黒

3.Good-Bye Birthday

4.ブラックゴースト

5.永遠に続く終わりの始まり

6.ツリーアイ


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2013年

6月

01日

新しい街で暮らし始めて

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2013年

4月

27日

星空の下で

みんな、昨日はライブに来てくれてありがとう。

 

「星空の下で」とAPIAのスタッフに冠された昨夜のイベント。

YoruMayuは始めてのトリだった。

 

僕らの出番前のSEにはSigur ros の「()」の3曲目を使った。

大学生の頃この曲がとても好きで繰り返し聞いていた。

チューニングしながら久しぶりにこの曲を聞いていたら、気持ちが良かった。曲の終盤でピアノの旋律がオクターブ上がるところがとてつもなく好きだ。

星空の下にいるみたいだった。

最後まで聞いていたかったけどあまり待たせるのも悪いと思い、ピアノの旋律がまた元の高さに戻るまでの何小節かを残して軽く挨拶をして演奏を始めた。

 

——— 

 

2ヶ月前のライブの時の課題は大体クリアできたと思う。

マユちゃんはちょっとうなだれてるみたいだけれど。笑

ギターとピアノの音のバランスはピアノメインにして大分良くなった。ピアノが映えている。

ギターはコーティング弦から普通の弦に変え、ライン録りからマイク録りに変えたら、自分の理想的な音にかなり近づいた。

矛盾しているようだけど、瑞々しさと乾きが同居しているような木の音がする。瑞々しい弦の柔らかい響きとギターボディの枯れた木の音かもしれない。

歌は風邪気味で喉の調子が良くなかったけれど、何とか乗り切った。もっと自然に気持ち良く歌いたい。

ヴォーカルマイクの位置は少し下げすぎたか。猫背っぽい。。

姿勢が良い方が良い歌が歌える気がするんだけど、ギターの手元が見づらいんだよね。

 

毎回ライブ後にAPIAの店長さんがアドバイスをくれる。有り難いです。

発声とマイクとの距離感の組み合わせをもっと試行錯誤して、歌の世界感の幅を広げた方がいいということ。

その為に普段の練習では行えない、PAがいる音の良い環境での本番前リハがあるということ。

もっといろいろ試してみようか。ちゃんと演奏出来るかなんて普段の練習でわかってるじゃん。

 

友達の要望に応えて新曲を作り、それを聞いてもらうことが出来て嬉しかった。

 

【セットリスト】

1.ブラックゴースト

2.カイネ

3.モンティセリの黒

4.シオン

5.空白の日

6.Good-Bye Birhday

 

2013年

4月

24日

弁証法的世界観 -3-

 

去年の11月頃、弁証法的世界観と題したブログを書いた。

その中で僕は「歳をとって感受性が鈍くなっていく。昔は辛く感じたことや大切だった思いが段々と薄れていく。」と言った。

それに対して、マユは「それは自分の湖が広がって海になったからだよ。昔は大きかったものが小さくなるのは、自分が広くなったからだよ」と言った。

上記2つの意見は結局は同じ事象を異なる側面から述べているに過ぎず本質は同じモノを点いており、どちらも間違ってないしどちらも正しいと思っていた。

 

―――

 

あれから半年が経って自分自身に少しの思想的発展があり、多少意見が変わった。それについて書きたい。

 

上記2つの意見をそもそもどちらが「正しい」かと考えると難しい。そもそも「正しさ」とは何か?

 

超要約するとプラトンは「正しさ」とは「美しい考え方」「健全なる魂」「徳に基づくモノ」であると言っているように僕には思える。例えば簡単に以下のような事。


・人に害を為すよりは害を為される方を選択する方が良い

→人に害を為す方が自分自身の魂を悪辣なもの(=不健康な状態)にする為

・欲望を満たすことよりも節制を心がける方が良い

→欲望には際限がなく、他人ものまで過剰に奪ってしまう為(=悪徳=不健康)

・物質的な豊かさよりも精神的な豊かさ(=知恵)を求める方が良い

→人生における過ちをなくし(=正しく生きる)、死後においても神々と豊かな生活を送る為

 

上記を踏まえると「正しい」とは「心の健康」「心が健康な状態」とも言えるのではないだろうか。

上記の僕とマユの2つの意見について心の健康という観点で捉えるのであれば、僕もマユの意見が正しいのではないかと思った。2つの意見は単に2つの事実か2つの論説と言うべきか。

 

そしてどんな意見も平たく並べてその人自身にとっては(僕自身ではなく)あれも良し、これも良しとしてしまう傾向が自分にあるのに気づいて反省した。自己完結ばかりで終わらせてばかりではダメだ。

 

―――

 

「正しい」考え方とは魅力的だ。

逆に悲しみを含んだ正しい「悪」もまた魅力的であると思う。

美しい殺人者は単に正しく息をしたかっただけなんでしょう?

正しく息をすることのどこが本人に取って「悪い」のか。

社会にとって「悪」であるだけだ。

 

2013年

4月

14日

声を失った

風邪を引いて声がほとんど出なくなった。

ここまでひどいのは初めてだと思う。2週間後のライブまでになにがなんでも治さないと。

 

なので今日は予定していた練習を中止にしてもらって、プラトンの「国家」を読んだり、カンボジアのポル・ポトを取り扱った「キリング・フィールド」という戦争映画を観ていた。

 

ここ最近、敢えて戦争映画を選んで観るようになった。血はそんなに得意じゃないのだけれど。

以下が過去に観た中で印象が強い映画だった。

「ブラックホークダウン」

「フルメタルジャケット」

「プラトーン」

「フォレストガンプ」(戦争映画?)

「ディアハンター」

「プライベートライアン」

 

戦争映画はその無惨さと、極限状態での人間の美しさを教えてくれる。

 

朝鮮半島で緊張が高まっているが、世界が「北」にもっと強い制裁を行わない理由は難民が大量発生し中国・韓国・日本に流れることを危惧しているかららしい。東アジア内の大きな経済的ダメージだから。でもそれじゃあ「北」の罪のない一般市民はずっと飢えたままじゃない。人道的な判断の仕方ではない気がする。

 

朝鮮半島でも中日間でも戦争は起きませんように。

人命は無慈悲に失われてはいけないし、徴兵も願い下げ。

 

2013年

4月

06日

労働と仕事

「仕事は楽しいよ 大変だけど 

 あなたも すばらしい

 日々であるように」by Syrup16g 来週のヒーロー

 

そりゃもちろん仕事は楽しいよね。

ニュアンスがポジティブ的。自己実現に向けて走れって感じで。

 

仕事の定義は「何かを作り出す、または、成し遂げるための行動」、労働の定義は「社会的存在としての人間が,その生存を維持するために行う活動」と一説ある。

僕の認識はまぁ上記通り。

 

残念ながら僕にとっての生きる生業は仕事ではなかった。

でもそれはいいんだ。その問題は自己解決出来た。

僕は労働しながら、プライベートで読書して学び、音楽の練習や創作をする生活リズムが合っている。

芸術家が芸術家たる所以は生活の仕方よりも精神のあり方で、それ以上に作品がどれだけ優れたものであるかだ。

そしてその優れた作品は高い精神のみから生み出される。はず。

僕は自分の音楽がもっと納得のいくものになったらパッケージングする。

 

労働は基本苦痛だけど、たまには喜びもある。

何か難しい問題を解決した時の達成感、誰かに感謝されること、チームの連帯感(良いチームであれば)とかね。

 

最近は労働が忙しい。というか拘束時間が長い。

必要があれば拘束時間が長くても構わないんだけれど。

でもね、何か問題が発生するのを待って待機して、結局問題が発生しないで帰るってバカみたいだよね。

あと、理論上は問題ないのに何か予測していない問題が発生するんじゃないかっていう疑念も嫌い。

(実際それで問題発生するケースなんて極まれ)

上記みたいな本質的に必要じゃない作業が社会にたくさん転がっている。

(後から誰も読まないのに過剰にドキュメントを作成して常に記録を残そうとすることや、担当者間で電話で済むことを知識のない上司とかに周知してあたかもでかい問題として取り扱うとか)

その仕組み・考え方がおかしいと思う。

別に命がなくなる程の問題じゃないでしょう。

何で誰も何も言わないの?日本人は真面目過ぎ。

 

僕は労働に大切な時間という対価を過剰に支払いたくない。

でもあそこには仕事だと思っている人もいるんだ。

 

2013年

3月

30日

Lonerism

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2013年

3月

15日

ココロザシ

最近ソンディテストなる心理テストをやった。精神異常者の写真を幾つかピックする形式のテストなんだけれど、結構当たっているように思った。結果は自分に対する抑制と解放の間における葛藤が強いというような内容だった。

社会⇔反社会、愛⇔孤独、律⇔堕落、テーゼ⇔アンチテーゼ。

ちなみに正常者や異常者の定義は社会が勝手に下しているんだから一括りにすることは本質的には微妙だ。もっと細かく個人単位で細分化して考えないと「mass」に押しつぶされている部分は必ずある。僕は僕の無知と理性と価値基準で物事を捉える。もっといろいろ知らなきゃな。

 

あまり心の内を垂れ流すのもどうかと思うのだけれど、僕に取ってそれが興味がある事柄で大切であるからこそやはり書きたい。

 

僕は音楽を通して自分の魂を、徳を、思想を、自分自身を、志を高めることが出来ると思っている。それは生理的にそう思うとも言えるしある種の霊感とも言える。まぁ単純にそれがそうであるからそう思う。イデア。

そして僕は僕の卑屈さやダークさを越えて行かなくてはならない。卑屈なのは自信がないから。自信がないのは努力が足りないから。技術が足りない。やりたい音楽に達していないことを漠然と感じる。アルコールとのバトルだ。

 

もっと志を高く持たなくちゃ。卑屈さも越えて。

そういう人が本当に魅力的な人だよね。

僕は僕のままに志高く生きなくちゃいけない。

ホンモノになりたい。

 

2013年

3月

10日

スピード

ここ最近気になっている命題が有る。

時折友人知人には話しているが、僕の中ではまだ100%納得のいく答えが出ていない。

その命題とは以下の通り。

「年齢を重ねるにつれて時間の進み具合が早く感じる事は世間一般的に唱えられているが、僕自身の思考の早さ自体は変化していないと思う。それならば年齢を重ねるにつれて、僕自身の思考のスピードは遅くなっているのだろうか?」

 

確かに思考の明晰さや論理性・経験力は向上していて、仕事上の問題解決なんかは早くこなせるようにはなっている。だから頭の回転力は反対に向上しているとも捉えられるんだけれど、プライベートな時間でボーッとしたり本を読んだり音楽を聴いている時の時計の針の進み方は驚く程に早くなっていると感じる。そしてプライベートだけじゃなくて仕事の時も一日の時間は驚く程に早くなっている。

思考が早くなれば時間が経つのは遅く感じてもよさそうだよね?

新鮮さがない気怠くありきたりな時間については早く進むように感じる為なのだろうか?そして新鮮さがない気怠くありきたりな時間が年々増えているのだろうか?

そうだとすれば人間は凄い。けどそんな活力がないことじゃつまらないよね。もっと頑張れ!

 

君はどう思いますか?

 

2013年

3月

03日

僕の教祖様方

Syrup16gの五十嵐さんが帰ってくる!

4年ぶりに。5月8日のNHKホールに。

安倍さんが首相になって日本が明るくなってきたのと同じくらい、僕に取っての日本の音楽シーンが明るくなってきた。

 

僕が辛かった時、彼の歌にどれだけ救われたか。

「そのままでいいんだよ」と言われているような気がしたし、自分の考えている漠然とした事柄が彼に具現化されているような気もした。

要するにもの凄い深い共感を感じた。そして思想も鍛えられた。

 

彼はこの4年間どんな心持ちで生活していたのだろうか。

人間はそんなに変わらないけど少しづつ変わる。

ありえなそうだけれど願わくば彼が苦しまずに生きて欲しい。チケットが当選しますように!

 

―――

 

今夜は大森靖子さんのライブを観に行く予定。

彼女は「ホンモノ」だとしか言いようがない。

僕は去年のGW頃に友人に教わり彼女を知った。

半日かけて立て続けに彼女の動画を観て、ブログも過去の分を全部読んだ。

誇張無しに震えた。本当に息苦しくなったことを覚えている。

彼女の文は乱暴だけれど誠実で打たれ弱いんだれど攻撃的。ナイフのように鋭く紳士的です。

とても切なくて一目惚れしてしまった。(人間として。笑)

おすすめです。

http://blog.livedoor.jp/omorimorimori/

(彼女はたまに潔く自分のブログを全削除するので、今はたぶんここ半年分くらいしかない) 

 

曲は「パーティードレス」と「PINK」と「展覧会の絵」が好き。

写真は去年のGW頃に彼女がタワレコのインストアライブを行った時のもの!

好きになって直ぐに会いに行った。笑

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2013年

2月

24日

幾つもの夜を越えて

 昨夜ライブに来てくれた皆ありがとう。

演奏自体はクレバーな精神状態で出来ていたけど、歌は予定よりもだいぶ力を込めてしまった。(クレバーの本当の意味は「ずる賢い」だと昨日打ち上げで教わった。笑)

もっと柔らかく歌うつもりだったんだけれどな。でもあれはあれで悪くはなかった。

意識を抑制して柔らかく歌っていても、時にはダイナミックに声を張った方が良い場所もある。

ダイナミックに声を張った後は軽く頭に血が上り少し戻りきらなくなる。(自己分析。笑)

抑制と解放。うーん、とりあえず8:2で抑制:解放。

暴れさせちゃダメだ。

 

サウンド面はピアノを前に押し出すスタイルに変えた方が良いと思った。

エリオットスミスみたいな音の間隙を縫うようなピアノにしたいと当初思っていたけれど、YoruMayuの音楽ではリードパートはピアノでギターはあくまでバッキングだ。

その他でも昨日のライブでは幾つもの気づきがあった。

マイクの位置やギターの高さといった細かい点まで。

一つ一つ対処しよう。そして次回もっと良いライブをしよう。

幾つもの夜を越えてもっと成長するから、見守ってもらいたい。

 

新曲のカイネの評判が良かったことが嬉しかった。作って良かった。

 

2013.02.23 セットリスト

1.夢の成れの果て

2.シオン

3.暗い魂に耳を傾ければ

4.ブラックゴースト

5.カイネ

6.永遠に続く終わりの始まり

 

 

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2013年

2月

16日

クロール

 

先週、半年ぶりにジムで泳いだ。

以前は週一くらいで泳いでいたんだけど、ここ最近はすっかりさぼってた。

やっぱり久々に身体を動かすと気持ちがいい。

 

僕はとてもゆっくりクロールで泳ぐ。

後ろの人の迷惑になるかと気になってしまうからなるべく人が少ないレーンで。

全く人がいない時はたまに背泳ぎもしてみる。平泳ぎは苦手だからしない。

 

泳いでいる間は読んでいる本のことをぼんやり考えたり、音楽を頭の中に流してみたり、誰かを思ったりする。少し疲れてくると自分の身体の動きに集中しやすくなる。

たっぷり1時間くらい泳ぐと結構疲れる。気怠い身体を陸地に上げる。

 

僕が唯一、メロディを付けていない純粋な詩がある。

その詩は泳ぎながら生まれた。

その詩はいつか歌詞になる時をぼんやり待っている。

 

———

バックストローク

 

バックストローク

目と耳で違う世界

永遠に浮かんでいられる

空まで浮かび上がる

 

バックストローク

正面には光、背後には闇

永遠に浮かんでいられる

心の奥底まで沈んでいく

 

「空を泳いでいる。深海を歩いている」

 

バックストローク

ゆっくりと前進、君から離れて行く

時間は後退する。君の元まで

天国まで浮かび上がり、消える

 

「何時か終点に辿り着いたら、何度目かがまた始まる」

 

———

 

今週末はライブだ。頑張ろう。

 

2013年

2月

09日

今を生きるということとMementomori

未だに生きる意味がほんの少ししかわからない。

それはネガティブというよりもむしろ人生を真摯に捉えるため。

だから文学や哲学に触れて、自分に取って本当に価値があるものが何であるかを教えてもらいたい。

 

死によって生は想起される。

死によって人生の長さは規定されているから。

 

将来・未来は有限であり、達成出来る夢には限界があることを見据える。

だから焦りもするし、今頑張らなきゃという気持ちが生まれる。

 

過去を幾度も反芻し、過ちも愛も忘れはしない。

それによって同じ過ちは繰り返されず、愛は失われない。

 

未来も過去も踏まえた上で現在を直視し、誠実に眼前の生活に取り組む。

それが「今を生きるということ」だと、今朝わかった。

 

2013年

2月

04日

バベルの木

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2013年

1月

28日

2000年前でさえ

今年に入ってまた小説が面白くなって来た。

とは言っても別に新しく刊行されたものを読んでいるわけではないんだけれど。

1月は梨木香歩さんの「村田エフェンディ滞土録」、オノレ・ド・バルザックの「谷間の百合」を読んだ。

 

どちらも少し昔の時代が舞台になっている。

前者が第一次世界大戦のトルコ、後者がフランス革命あたりだ。

世界史を勉強した上で読んでみると、その時代生活や心理描写が詳細化された風でまた一段と面白い。

これからは好きな時代をもっと掘り下げて、そこからさらに好きな人の本を読んでみようかと思う。

 

各々の小説では以下の言葉が一番ココロに響き渡った。

 

前者ではディミトリスがこう言った。

「私は人間だ。およそ人間に関わる事で私に無縁なことは一つもない」

 

後者ではフェリックスがこう言った。

(傷つきやすい)こうした人達の感性は心の中に深い響きを残しながらたがいに共鳴し、その敏感な性質は常に事物の本質と調和を保ち続けている」

 

―――

 

100年前も150年前もそして遡れば2000年前のギリシア・ローマの時代から現代まで、哲学や思想においてはさほどの進化をしていないらしい。

何時の時代も現代と変わらない優れた考え・言葉がある。

自分と過去の人達が似たようなことを考えている、またはその感性の捉え方を教えてくれることがとても面白い。

 

2000年が経った現代までもその書物が生き残ってこれたのは、それが力強く本物だから。

 

よるば

 

2013年

1月

21日

ジャスミンの行く末

アルジェリアで凄惨な事件が起きた。凄惨な事件は山のように溢れているけれど。

 

人間の歴史は互いの宗教と思想と利害の闘争の歴史だと思う。

1945年に第二次世界大戦が終結するまでは先進国は飽きもせず年がら年中戦争していた。

 

昔から戦争には様々な理由がある。

生活圏の拡大、宗教の拡大、啓蒙思想、帝国主義、ファシズム。

イギリスは初め宗教の布教を各国で行ったが、それは後に経済発展の為の植民地拡大となった。

日本はアジア圏が西欧社会に支配されないように大東亜共栄圏を築こうという名目で力を奮った。

ドイツは第一次世界大戦で追わされた負債が莫大なもので国民生活は圧迫されていた。その中でヒトラーが台頭した。

 

中世の時代から近代にかけて、西欧の合理的思想は真に普遍的な思想を探して互いに衝突していた。

しかしその結果は思想・文化は多様化するという結果になった。

イスラム社会と西欧社会の対決からキリスト教内部への対決へ。

そして説得力を失った神学から説得力の強い諸科学へ。

 

特に厳格なイスラム社会はシャリーア法を国家の運営そのままに適用しようとする。

コーランではアッラーの教えに従えば、他の宗教・民族よりも大きな繁栄が約束されるとされている。

だが現代は西欧が勝ち取った合理主義社会だ。(僕はこの資本主義社会が全く正しいなんて露程にも思わない)

イスラム教を正しく信仰していないからイスラム社会の繁栄が成されていないのだと自己矛盾に苦しみ、原理主義に回帰しテロに走る。

西欧の過去の植民ももちろん人道的に間違っているし、現代も国際的に不平等なんだろうけれど。

 

日本は単一民族国家で文化がとても狭く思う。アメリカにはいろんな色の人が居た。

多様化した思想をそのまま受け止めて各々を認めればいいのに。

あー自分も全然出来てないじゃない。偉そう!バカ!でも消さない。

僕は思想や文化を突き詰めれば各々個人レベルまで多様化するのなんて当たり前だと思う。

その上でコスモポリタニズムを作るものだと思う。

何時だって正しく弱い者の味方をする。

 

2年前にチュニジアでジャスミン革命が起こった。

一人の恵まれない若者の焼身自殺から。

直接的ではないにせよ、それが遠因となった今回のような事件が起こることに「人間ってこんなもんだよな」という気がする。

シーソーみたいに。

 

あの時、僕は「独裁者に別れの手向けの花束を」という意味を込めて「Flowers for Ben」という曲を作った。

深刻すぎるからライブでは演らないかな。

 

―――

 

「聖書の教えに従って人間生活を神の意志に同化させる」とは何て魅力的な言葉なんだろう。

「全ての神々は死んだ」とは一神教にとって何て説得力のある言葉なんだろう。

 

長文になったけど、これをアルジェリアの犠牲者への僕からの気持ちとして。

 

2013年

1月

13日

I Am A Bird Now

一曲目が始まって一秒でただ事でないことがわかった。

そのピアノとその声で。

Antony & The Johnsons が2005年頃にリリースしたセカンドアルバム I Am A Bird Now 。

今もそのアルバムを聴きながら文を書いている。

8年前のシロップ漬け*の僕では、たぶんこの良さを理解出来なかっただろう。*Syrup16g中毒の意

だから出会うべくして今出会った。

 

このアルバムを聴きながら人通りが少ない場所を歩いていると世界がとても美しく見える。

肩を寄せ合ってゆっくりと歩いている老夫婦。

光に照らされたやや古ぼけた建物、街並み。

人々が生きて各々の生活をしていること。

世界に溶けてしまいそうな目眩に似た感覚。

 

このアルバムを聴きながら過去を遡る。

10年前のことを思うと少し泣けた。君がいた事。

 

学生の頃は自由が欲しくてたまらなかった。

親や学校や社会通念に抑圧された魂を解放してやりたかった。

自分の理性の力の方が正しいと直感的に分かっていた。

そして自分の事がかなり真面目な人間だとも思っていたが、ほとんど誰にも理解されていなかった。

当時はまだ心理的に微妙な事柄を言語化する能力が足りていなかった。

 

今はあの頃よりもずっと自由だ。

でもなんでこんなにも満足感も幸福感も少ないのだろう。

あの頃欲しかったモノはここにあるはず。

なのに、それどころかこんなにも自分が希薄だ。

 

たぶんきっと永遠に何かを求め続けるだけなんでしょう?

わかってるよ、それでもいいさ。それでも進む。

 

思考は何処へだって飛んで行ける。

もし魂と身体が別れて存在しているのなら、死は怖いものじゃない。

 

2013年

1月

07日

水族館のマーチ

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2012年

12月

30日

ココロ弱さ。再生の年

高校3年生の冬の夜、柏駅の裏で僕の隣にいた人は誰だったのだろうか。

それともあの時の僕は自分自身に語りかけていただけだったのだろうか。

または未だ見ぬ未来の君に語りかけていたのだろうか。

 

「強くなんてならなくていい。ココロの痛みを感じなくなってしまうくらいならば、弱いままでいい」と

 

———

 

もうすぐ2012年が終わってしまう。

今年は自分のココロに触れられるような良いモノをたくさん知ることが出来た。

・坂口安吾の洞察力

・Never let me go の透明感

・ニーチェの超人思想

・大森靖子さんのホンモノ

・NieR Replicantの美しい白さ

・ゴッホの星月夜

・アメリカの健康的な混沌

・Lainの儚さ

・Into the wild の誠実

・James Blakeの完璧な音

・Keith Jarrettのピアノが生む夜

・壮大な世界史


来年も触手を伸ばして、良いモノがたくさん見つかるといいな。

 

今年、僕は少し再生したように感じる。

時間が経つのが少し遅くなった。

生きる意思が少し強くなった。

 

———

 

今僕はあの日に思い描いた場所にはきっといないだろう。

そして思い出せない死んでいった想いもあるだろう。

でも僕はこのレールを歩くよ。

なるべく忘れないように。

 

そんな想いを込めて「忘れられた未来」という曲をつい先日、今年の最後に書けた。

いつか皆に聞いてもらいたいな。

 

良いお年を。

 

よるば

 

 

2012年

12月

23日

OPENとCLOSE

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2012年

12月

15日

冬の散文

信号待ちの間、意図的に何度も呼吸をしてみる

冷気が肺に刺さるのを心地よく感じる

そうしなければ日々に意思を喰われてしまいそうだから

書かなければ雲散無想のままに自分が薄れて消えてしまいそう

ココロに秘めておけばいいだけのモノ達よ

 

老いて感覚が鈍れば死への恐怖も薄まるのであろうか

そうであれば救いだなと思う

誰しもに救いがない現実を「そんなものだろう」と肯定的に受け入れることがココロの慰めになるのであれば、それも救いだなと思う

 

なんだ、救いはゴロゴロ転がってるじゃないか

10年前の僕よ

5年前の僕よ

5年後の僕よ

子供の頃のココロよ


生きているよ

 

 


2012年

12月

09日

歴史のうねり、個人の移ろい

師走が訪れた。

街が楽しそうにザワツキ始めた。

冷たくピンと張った空気の中ではモノがよく見える気がする。

 

僕は夏生まれだが冬が好きだ。

透き通るように澄んだ空気。

人々の冬の装いや白い息。

穏やかで暖かな部屋の中。

冬の方がぐっすりとよく眠れる。

 

———

 

前回、世界史で特に興味深い点が3点あると言った。

今回はその中の ①歴史が変革する際の要因 について書こうかな。

人間集団の変化(=歴史の変化)と人間個人の変化が同じないしは非常に似通っているところに面白みを感じるので、そこに観点を置いてみる。

 

大きな歴史的転換がある時は必ずそれに伴う理由が存在する。(歴史的変化だけではなく全ての事象においてそうだろうけれども)

 

その本質的な要因になるのは以下3点だと思う。

ⅰ   人間の発展に伴う拡大

ⅱ  対外的勢力からの圧力への反発・逃避

ⅲ 自己の形骸化への反発

 

上記はそれぞれが密接に繋がっていると思う。

ⅰとⅱについての例ではゲルマン民族大移動を挙げたい。

古来よりユーラシア大陸中央部の遊牧民族は強力であったが、その中でもフン族という部族が力を付け頭角を表した。

彼らは紀元後375年からスカンディナビア半島に侵攻したが、

その地に元より居住していたゲルマン民族はヨーロッパ西南部に逃避した。

逃避した先でも彼らは居住する必要があったが、そこでは西ローマ帝国が衰亡期を迎えていた。で西ローマ帝国を滅ぼしフランク王国とかのゲルマン諸国家を建国した。いつの間にかに追われるものが追うものになってるのが面白い。

 

ⅲについては宗教改革が良いだろうか。

(この場合の自己とはキリスト教)

1514年からサンピエトロ大聖堂の建立費用の捻出の為に教皇レオ13世は免罪符(買えば罪が許されるとされる)をガンガン売っていた。腐敗しきった教会の状況を嘆いたルターは「人は信仰によってのみ義とされる」と説き、人々のココロを打ちルター派を形成した。彼らはプロテスタントと呼ばれ、宗教改革をヨーロッパ世界に飛び火させる。そしてカトリックはイエズス会らを結成し、反宗教改革を飛び火させる。

 

前置きが長くなったが、上記のような変革理由は人間個人の精神や生活の変化にも当てはまるように感じる。

 

ⅰ&ⅱ:ある一つの新しい魅力的な考え方を知った時、それ以前のより説得力の弱いもろもろの考え方は弱体化する。

ex.)友人にジャズミュージックを紹介され、そのセクシーさや渋さにココロを奪われた場合、以前は好みだったポップスやロックは押し並べて関心が低くなるかもしれない。(別に僕の例ではない)

 

ⅲ:ある一つの事柄に飽きが来て退屈している場合、新しい風を受け新鮮な空気を取り込みたいと半ば無意識的に欲求している。

ex.)小説ばかりをずっと読んでいたが、新たらしい考えに触れる事も減り多少飽きが来た場合、哲学書や参考書の方が面白く感じるかもしれない。(これは結構そうかも)

 

僕は上記に人間の総和と個人の精神に共通する符号を感じ、それが単純に面白いと思う。

 

 ———


人間の集合的意識・無意識は個人の意識・無意識と分離しているのではなく、繋がっているのかもしれない。個人の思想が集まって民意になり、多くを動かすのはそうだろう。

 

現在はいろいろ歪んでいるけど、本当はとてもシンプルでわかりやすいはず!

 

2012年

11月

30日

ヘロドトス

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2012年

11月

23日

続・弁証法的世界観 かに座

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2012年

11月

18日

弁証法的世界観

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2012年

11月

10日

鳥はうたう

こんにちは。

YoruMayuのマユです。


HPがオープンして、どきどきしています。

 

私は普段、絵を描いていて、YoruMayuで活動して生まれた絵は、ここのHPで使ってもらったりしています。

 

 

さて。

 

 

よるまゆ

 

という言葉を聞いて、思いついたのがこの背景。

夜の繭。

そのまんまです。

 

これを初ライブのフライヤーにした時に、

ヨルバさんがふと呟いた。

「この蝶は、繭から出たらどうなるの?」

 

 

…どうなるんだろう…?

 

 

それからずっと、この蝶の行方を探していました。

私は一つのことを見つけるまでに、体力と時間がかかります。

 

そしたら、ついこの間、やっと見つけました。

 

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2012年

11月

03日

夜の卵、孵化 in the beautiful nightmare

こんばんわ。

今日11月8日という日にある思いを込めて、YoruMayuのホームページをオープンします。

まだまだボリュームもないし動画の画質も酷いものだけれど、これからもっと拡充していくのでよろしくお願いします。

「俺は死ぬまで完成しない。俺は死んだら完成なんだ」

そんなんでもいいでしょう?

 

このホームページが実りあるものになるように願いを込めて少し駄文を書こうかと思う。

 

僕の本名には大器晩生の意味があるらしいことを19歳頃に大学の同名の知人に教えてもらった。

当時いろいろと悲痛な思いがあったのだけれど、学生時代の頃は名前の由来を頼りにして、自分に甘え努力を怠ってしまった。

その結果、自信を失い世界を非難していた。

孤独と手を繋いだ。虚無に堕ち、堕楽を彷徨った。

どうせいずれ失うのなら最初から何も持たなくていいと思って歩いていた。

そして何よりも本心では自分を許せていなかった。

 

それからある程度の時間が経ち、変化があり、いろいろ失い歳を取った。が、今ではあの頃の僕がいたから現在の僕があるとも思っている。

そんなこんなで、最近では「我欲す」よりも「汝成すべし」の声がよく聞こえるようになった。

自分自身を高めることが音楽や文学、美術といった教養であるとリアルに感じられるようになった。

生きる意味は永遠に終わらない自己の向上だと気づいた。

(こんな酒浸りで怠惰な人間が。。)

だから今は大変でも(好きでやってるんだけどね)5年後、10年後の為に頑張ろうと思える。

あの頃の僕は現在しかないと思いつつ動けなかった。

 

YoruMayuが孵化しますように。

そんな願いを込めて。「世紀末の詩」を借りて。

 

ハローベイビー、YoruMayu!

 

ヨルバ

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